有名企業や市町村などの自治体はもちろん、小さな個人商店までオウンドメディアを活用しており、いまやその数は数えきれないほどです。
ただ、その内容や目的は実に様々です。それぞれのオウンドメディアはどのような特徴があるのか。スプーではオウンドメディアを調査、毎回ひとつのオウンドメディアを取り上げてその魅力を掘り下げていきます。
地元企業が手掛ける地元メディア
初回を飾るのは、東京・世田谷で長年地域密着されてきた株式会社松陰会舘が運用する「せたがやンソン」です。
このメディア、内容もさることながら運用元も含めなかなかユニーク。ありそうで実はあまりない、個性的なせたがやンソンの実態に迫ります。
紹介オウンドメディア概要
サイト名 | |
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コンセプト/テーマ |
世田谷区の真ん中=世田谷ミッドタウンから伝える「暮らしと住まい」の情報サイト |
運営元 |
株式会社松陰会舘(LPガスの販売、ガス設備機器販売工事、戸建・マンションのリフォーム、不動産賃貸・管理・大家業、賃貸物件のリノベーション、まちづくり・コミュニティ事業) |
開設時期 |
2015年6月 |
トーン&マナー |
シンプルでカジュアル、やわらかく親しみやすい印象 |
カラースキーム |
ベースカラー:白、メインカラー:黒、アクセントカラー:イエロー |
記事の種類 |
インタビュー記事、エリアスポット紹介記事 |
記事ボリューム |
3000~5000字 |
※ 株式会社スプー調べ
人々の視線から浮かび上がる地域の魅力
せたがやンソンは「世田谷区の真ん中=世田谷ミッドタウンから伝える「暮らしと住まい」の情報サイト」です。
特定地域の情報や魅力を発信するいわゆるローカルメディアです。
目を引くのは世田谷ミッドタウンという見慣れない言葉。この世田谷ミッドタウンとはせたがやンソンが独自に提唱しているエリアの名称です。
駅や町名などで明確に区切るのではなく、東急世田谷線沿線や、豪徳寺、駒沢大学前周辺などの「世田谷区のだいたい真ん中」とおおらかに定義しているあたりに、このサイトのらしさを感じます。
たしかにどの場所でも実際に暮らしていると、街の色や雰囲気で感覚的にエリアを認識していることが多いもの。そういう意味でその街で暮らしているひとの実感に近い定義だと思います。
サイトの内容はおすすめの飲食店特集などの世田谷ミッドタウンのおすすめスポット紹介や、ゆかりのある人々へのインタビューをメインに構成されています。
せたがやンソンの色を特に強く感じられるのがインタビュー記事。
漫画家・エッセイストのしまほまほや、シンガーの土岐麻子などの世田谷ゆかりの著名人から、飲食店オーナーやお寺の住職など地元で働いている人、街に住んでいる人まで、お話される方は実に多種多様です。
お店などをお取り上げながらも主役はあくまで人。奇をてらわないシンプルな王道のインタビュー記事ながら、取材者自身の足と目で得た内容で読み応えがあります。
生まれも育ちも世田谷の方、上京をきっかけにここにたどり着いた方、独立してお店を始めた方、それぞれの個人的な背景とともにストーリーが語られ、インタビューからは地域への愛着、そして街の息遣いがにじみます。
また、地域を紹介する際に「ターミナル駅まで○分」「治安が良い」など画一的な長所を連ねることはなく、単純な損得では測れない街の魅力を引き出そうとしている点がユニーク。
内容も語り口も押し付けがましさがなく、サイトを見るほどに自然と世田谷ミッドタウンに惹かれます。
運営は地元のいち企業
せたがやンソンを紹介するうえで注目したいのがその運営元。
はじめてこのサイトを見たときに、世田谷区や、地元の商店街、商工会議所、あるいは大資本の企業などが運営していると思ったのですが、株式会社松陰会舘という地元のいち民間企業が運営していると知り意表を突かれました。
株式会社松陰会舘は、東急世田谷線の松陰神社前駅にある1960年創業の地元密着企業。LPガス販売からはじまり、現在では不動産賃貸仲介・管理やリフォームなど住まいや暮らしに根ざした事業を行っている企業です。
オウンドメディアにありがちな各記事からの自社サービスへの誘導はおろか、表立った場所に運営会社名の記載はなく、松陰会館が運営していることすら認識していない読者もいると思われます。
自社の宣伝を行うわけでもなければ、明確な広告があるわけでもない。「街に生きる人びとの物語から見えてくるのは街の魅力」というキャッチコピーの通り、あくまで世田谷ミッドタウンの魅力の発信に特化していると感じます。
類似の目的でローカル情報を発信している企業メディアもありますが、つい色気を出して運営元のプロモーションなどが挟まれるケースは少なくないです。しかし広告記事などにも通じますが、違和感のある形でコンテンツにプロモーションの要素が入ると読者は興味を削がれるもの。
プロモーション要素を排除することでコンテンツとしての訴求力が高まっている好例です。
せたがやンソンには運営者の収益につながる要素がないように思えますが、おそらく見据えている視野はもっと広いです。
地域の価値向上が企業の価値向上にもつながる
前述のように松陰会館はLPガスや住宅の供給など地域に根ざした事業を行っている会社。
事業を展開する地域の認知度や魅力が高まれば、より多くの人が集まり、ひいては松陰会館の利益につながります。
その姿勢は松陰会館の事業にも表れています。同社内にはshoinstyleというコミュニティスペースがあり料理教室など地域の方が集まる場所になっています。
さらには2016年には「ぷらっと」寄れる街のプラットホームとして松陰神社前駅に松陰PLATという施設をオープンさせました。
飲食店や花屋さんなど個性的な店舗に加え、1階にはオウンドメディアと同じ名前の「せたがやンソン」という街の総合案内所が設けられています。単なる商業施設という枠組みを越えて、地域にとっての新たなコミュニティ拠点の役割を目指していることが伺えます。
短期的な利益を優先するのであれば、事業のプロモーションに直結するような内容が適していますが、せたがやンソンは長期的な戦略と広い視野があるからこそ実現したメディアと言えます。
サイトから伝わってくるのは「世田谷ミッドタウンの魅力を伝えたい!」という純粋な熱意や地域への愛。コンテンツひいてはメディアの質を左右するのは作り手の熱意だと思います。
そのような意味で、せたがやンソンは企業運営のローカルメディアのひとつの理想形ではないでしょうか。